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山岳部で身に着けた負けない撤退戦略
鈴木:近頃はYouTubeやインスタで成功事例ばかり目に入ります。一方で、子どもを見ていて思うのですが、そもそもうまくいくことなどほとんどありません。基本は思い通りにはならない。それでも泥だらけになりながら実現したいことに近づいて行っていると思うのです。失敗からいろいろなことを知り学ぶのですね。
廣田:「成功者になろうとするな」というアインシュタインの言葉を思い出しました。
鈴木:ところがいつしか失敗から学ぶということをしなくなります。学校に入ると、時間的な制約の中でできるだけ効率的に正解を出すようになります。正解を出す方程式は、ギリシャの時代から築き上げてきたものなのに、いきなりそのツールを手にいれて正解を出すことで、いったい何が身に付いたのだろうと疑問に思うことがあります。
廣田:借りてきたツールを使っているだけということですね。
鈴木:そうです。ツールは世の中にたくさんありますが、単に使うだけでは自分のものになりません。自分のものにできる人は天才なのでしょうが、ほとんどの人は天才ではありません。反面、自分は天才じゃないということが理解できれば、あとはもう数多く失敗し続けて学ぶしかないと割り切れます。
鈴木さんがそのような考えを持つに至ったきっかけはあるのですか?
それは、天才じゃないことを早くに思い知ったからです。
鈴木:中学校から進学校に行きました。親元を離れて寮生活です。進学校は周りが驚くほど優秀です。「あ、これは勝てない」っていうことがわかる。中学・高校と野球をやりましたがやはり周囲に天才がいます。もうどうにもならない、と。そういう競争社会に身を置いたことで、自分の立ち位置がわかりました。そこが最初かもしれません。
廣田:最初にどこで競争するかは大事ですね。自分の身の丈もわからないですから。
鈴木:劣っているのに集団の競争の中で、自分の居場所を見つけなければなりません。「じゃあ、退部します」とか「退学します」と言うのは簡単なのですが、そうそう独りでは生きていけないので、最終的にはどこかのコミュニティに居続ける必要があります。そこでどうやって自分の居場所を見つけるかという課題が浮かび上がってくる。そうすると、自分との対話が始まります。会社に入っても同じです。非常に仕事のできる人が周囲にいる中で給料をもらうためにはどうすればいいのか? 自分の強みを出すのか、強みがわからなくても、今得意なところで勝負するのか。
廣田:そうですね。あとは競争の範囲の中で空いているポジションを探すとか。
鈴木:そうそう。皆が避けるところに突っ込んでいくとか。今思えば、それがアルパイン時代のリストラ対応だったり、日立の東日本大震災復旧の際の陣頭指揮だったりということです。
廣田:そういう避けられがちな業務を引き受ける人は意欲的だと周囲からは見られます。ですが、鈴木さんの話を聞いていると、生存戦略の中で自身のポジションを作るためにやっていると感じます。
鈴木:そうですね。自分の居場所を作るためにやっている。勝つためにではなく、負けないために。負けなければOKだからです。山と同じで死ななければOK。この考え方を続けてきたら、窮地に立つと「自分の出番が来た」とアドレナリンが出るくらい得意なことに変わっていたのです。
廣田:なるほど、ここで山岳部が出てくるのですね。
鈴木:そうです。死んだらダメ、絶対に。だから撤退する戦略が必要です。登山も、山頂に到達するための戦略ではなく、どこで撤退するかが一番大事です。しかし、相手は自然なので一番難しいポイントでもあります。寝ている時もずっと何百通りぐらい考え続けます。後輩たちが怪我せずどうやって帰ってくるか。ところが自分が考えたパターンと必ず違うことが起きます。自然は刻一刻と変わる人智を超えた世界なので。そのときに一番大事なのは死なないこと。そのことを優先してロジックを立てます。
廣田:撤退基準のロジックは、山だと「死なない」だと思いますが、仕事だと例えば「メンタルをやられない」とか「3か月赤字が続いたら」とかでしょうか。成功を見据えた目標だけではなく、撤退基準をどうぶらさず持っておくかが問われます。
鈴木:そこは大事ですね。実はいまだに成功のイメージはわきませんが、失敗するイメージはもう描いています。これは避けようというものが何通りも。今回のオランダ行きも、5年分の貯金を用意しました。私が無収入でもやっていける期間を5年間に設定して、この間に自分のビジネスをオランダで作れなかったら撤退しようと。
廣田:撤退基準ですね。お話をうかがっていると情報商材とかで一発当てようという人たちには撤退基準がありません。あるのは成功イメージだけ。
鈴木:それはそれで違う才能なのだと思います。私にはその才能はないですね。
廣田:たぶん胴元は戦略性も撤退基準も持っていると思いますが、参加する人に撤退基準がないと不幸なことが起きやすいのかなと。
鈴木:撤退基準がないと、ずるずるといろんな誘惑にすがってしまいます。周囲からは実行したことに対して「ものすごく戦略的にやっているね」とか「すごい決断をしたよね」と言われることもありますが、実行はリスクさえ把握していればそんなに難しいことではないはずです。むしろ、リスクを把握した後にどう撤退するかの行動基準があるので、私は「別にダメだったら帰るだけ」なんです。